津田直士「名曲の理由」File03. 藍坊主「スプーン」

今回は藍坊主の「スプーン」をご紹介します。

 

☆ 作品について

この曲は、藍坊主のメジャー第2弾シングルとして2005年11月23日にリリースされ、翌年2006年4月26日にリリースされたオリジナル・アルバム『ハナミドリ』に収録されました。
作曲はバンドでベースを担当する藤森真一です。
個人的な話ですが、私がレコード会社を離れてフリーランスの作曲家/音楽プロデューサーへの道を歩み始めたのが2003年、そしてちょうどその頃、藍坊主はインディーズデビューを果たしました。

藍坊主が所属する事務所の、別のバンドのプロデュースに私が参加していたため、その事務所のスタッフから「小田原で活動しているとても魅力的なバンドをプロデュースすることになり、そのインディーズアルバムをもうすぐリリースする」という話を聞いていました。
ユニークなバンド名と、小田原で多くのファンを集め、自主制作CDがたくさん売れている、という話、そしてバンドについて説明するスタッフの熱い語り口が印象的でした。

それから数年後、あるアーティストのプロデュースミーティングをしていた際に、参考資料として私のオフィスのスタッフがこの「スプーン」を聴かせてくれました。
そして聴いた瞬間、あまりに良い曲だったため、思わず「凄い!曲が良すぎる!これ、何ていうバンド!?」と叫んでしまったのを覚えています。

それが藍坊主の曲だと知って、数年前、スタッフの人がこのバンドのことを熱く語っていた理由がやっと分りました。

以来、折にふれ、藍坊主の曲を耳にしていますが、藤森真一の生む曲はいつも魅力的で、彼の世代では飛び抜けているその才能を、とても嬉しく感じています。

 

☆ 曲自体にエネルギーが溢れている

実はこの曲には、特別な才能や魅力を持つロックバンドにしかない、圧倒的なエネルギーが隠されています。

藍坊主はボーカル、ドラムス、ベース、ギターの4人組、ストレートなロックバンドです。

この曲は発表された当時、彼らは22~3才の若者。だからでしょう、アップテンポのこの曲には、ロックバンドらしい、若いが故の力強さやエネルギー、そして希望や未来といった「青春の輝き」に満ち溢れています。
一般的なロックバンドは、こういった要素をリズムやサウンドのエネルギー、あるいはバンドによってはパフォーマンスのスタイルなどで表現します。

しかし藍坊主の場合、そもそも原型であるメロディーと和音という曲の基本の部分に、そういった強いエネルギーがこもっているのです。
それが、この曲の圧倒的な魅力となっているのです。

曲は、Aメロをシンプルにしたメロディーによる、プロローグ的なパッセージから始まりますが、この部分を聴くだけでそれが分ります。
シンプルなメロディーとそれを支える和声が、若者の持つ「叫びたくなる気持ち」のような強いエネルギーをそのまま表現しているのです。

音楽というのは不思議です。メロディーを生む時に作者が持っている強い気持ちが、ちゃんとメロディーに込められるのです。
音楽的にどう分析しようが、このメロディーに「青春の輝き」が入っている根拠は説明できません。

でも、美味しい食べ物を冷凍して保存、その後加熱するとまた美味しく頂けるように、作者がメロディーに込めた「青春の輝き」は、ちゃんと音を通して聴き手に伝わります。

これを可能にするのは、リアリティです。
メロディーを生む時、作者自身が目に見えない大切なものをメロディーに込めることができたなら、それは必ず伝わるわけです。

そしてそこに必要なものが、オリジナリティなのです。
作者が借りものや何かのマネではなく、本当に自分の中から生まれた心の動きをメロディーに込めることで、そのリアリティが、そのまま人に伝えることのできる「見えない音の力」となるのです。

 

この連載では音楽面をご紹介するため、歌詞にはさほど触れませんが、この作品が持つ強い輝きは、歌詞と密接な関係があるので少し触れてみます。

主人公はおそらく青春と呼べる年頃でしょう。そんな年代は多くの場合、親や兄弟など家族という存在から一番離れている時期です。どんどん大人になっていくのですから、当然です。
だからこそ、(おそらく)一人暮らしをしている主人公は、一人の夜に、家族の暖かさや優しさ、その大切さに気づき、感謝の気持ちでいっぱいになります。そして、そんな当たり前の中にある幸せを大事にしよう、と心に誓います。

歌詞に描かれている世界は、同じような年代の多くの人の共感を生むでしょう。

 

ところで、この曲には歌詞の世界を支えるもう一つの力があります。
それが僕がこの曲に感動するポイントであり、この曲が名曲である大きな理由です。

作品に込められたものは、実は家族に対する感謝だけではありません。
歌詞には書かれていませんが、そこに気づく主人公が、自分の夢や未来に向って、もがきながらも力強く生きている、というところがもう一つの大切なポイントです。

だからこそ、家族に対する感謝の気持ちが、聴いている人の胸を打つのです。

それが聴いている人に伝わるのは、自分の夢や未来に向って力強く生きている様子が、先ほど書いたようにリアルなエネルギーとして、音に刻まれているからです。
歌詞の向こう側にある大切なものを、「見えない音の力」が伝えてくれているわけです。

 

☆ メロディーと和声の様子 プロローグ~Aメロ

そんな「見えない音の力」がどのように成り立っているのか、見てみましょう。
(※ バンドメンバーが歌詞の「湯気のむこうに・・・」から「言い忘れてた気がするよ」までの部分をAメロの後半と解釈しているのか、それともBメロと解釈しているのか、残念ながら私がプロデュースに関わっていないので不明ですが、ここでは曲の構成を大きくAメロとサビの2つに分けてとらえています)

この曲は「Aメロの持つ世界」がプロローグから始まってサビの直前まで、少しずつ形を変え、続いていきます。
動画を観てもらうと分かりますが、このAメロのアプローチは、プロローグから先に進むに従って、少しずつ音が増えたり、メロディーの一番上の高さが上がっていったりします。

① 「なにげない ぬくもり・・・」のところから

② 「リズミカルな包丁聞いて・・・」のところで、メロディーの音が増えます。そして、

③ 「湯気のむこうに・・・」の「むこうに」のところでメロディーが高くな
り、気持ちの高まりと切なさがさらに増します。「ある笑顔に」のところも、メロディーが少し細かい動きが加わります。さらに、

④「(ありがとうの)一言を」のところではさらにメロディーが高くなり、そのシンコペーションもアレンジで強調され、気持ちがより強くなっている感じが伝わってきます。

 

(ピアノによる演奏という都合上、メロディーの譜割りが若干歌詞と違う部分があります。ご了承下さい。)

もちろん前回までにご紹介した名曲と同じように、こういった微妙な変化は、頭で考えて作られた結果ではありません。
作者の心の動きから自然に生まれているものだからこそ、聴く人にちゃんと伝わるのです。

さらに、そうやって少しずつ変化しながらも、メロディーのあり方や支えるコードが生み出す「Aメロの持つ世界」は、基本的に同じように繰り返されています。
こういったところからもまた、一途で純粋、そして未来に向かっていく青春の輝きが伝わってくるのです。

 

☆ メロディーと和声の様子 サビの直前~サビ

その「Aメロの持つ世界」の最後、「言い忘れていた気がするよ」のところでは、まるでサビの終わりのような力強い終わり方をします。
ここにも、私は藤森真一の圧倒的な才能と強い自信、そして意志を感じます。

この部分が力強いだけ、次に登場するサビが、その力強さを受けてさらに強く、大切なメッセージとエネルギーを発信しなければバランスがとれないからです。
サビの直前でピークに近い力強さを表現することで、曲と歌詞のどちらもが、それを遥かに上回る強くて大切なメッセージとエネルギーを持っている、と宣言しているような結果になっているわけです。

そして、その期待に見事に応える、輝きに満ちた素晴らしいサビが登場します。

「あたりまえで あたりまえで・・・」と繰り返される歌詞。

そのメロディーは、「ミ・レ・ド・ラ」と「ミ・レ・ド・ソ」(移動ドによる表記です)という、力のある音階が、サブドミナントコードとトニックコードという基本の和音の力強さと共に、心に突き刺さります。

とても細かい、音楽的なことですが、最初のメロディー「ミレドラレレ~」の「レレ~」の部分は、サブドミナントコード、つまり「ファラド」に対して、6thの音です。

つまり和音そのものが持つ音ではありません。

メロディーの経過音であればさほど目立ちませんが、ここではメロディーの最後、落ち着く音が6thである、ということで、独特の感じが聴く人に残ります。もちろんいつもお伝えしている通り、これは藤森真一が頭で考えた結果ではありません。

コードの6thで終わるメロディーといえば、ビートルズの「She Loves You」のサビの終わりが有名(この曲の場合はトニックコードに対しての6th)です。
いずれにしても、「ミレドラレレ~」「ミレドソドド~」という力強いメロディーの登場で、聴いている人の心はサビの世界に、大きく揺さぶられます。

 

個人的な話になってしまいますが、私は何度聴いても、次の「大切さに気付いてなかった・・・」つまりサビの7小節目で、必ず泣いてしまいます。
この部分は、サビのメロディーとコードが生み出す「高まる気持ちが切なさに近づくようなギリギリ感」が、メンバーとボーカルの気持ちのこもったパフォーマンスによって何倍も増幅されて、聴いている人の心を震わせてくれるのです。

曲を生んでいる時に作者が受けた感動が、そのまま聴く人の心を打つ、まさに名曲そのものです。
そしてまた、バンドという最小単位の表現スタイルが、名曲の持つシンプルな感動を強く増幅させる、とても素晴らしい結果でもあります。

これはちょうど過去、初期のビートルズや、藍坊主のメンバーが好きだったブルーハーツが実現していたことと同じです。

名曲が共通して持つ「シンプルな感動」が、バンドというシンプルなアレンジで分りやすく伝わること。
メロディーと和音だけでは伝わりきらない「力強さ」が、バンドの持つエネルギーできちんと伝わること。

この2つが重なるが故の素晴らしさなのです。

こういった作品を表現できるのは、名曲を生むことができるシンプルなロックバンドだけの特権かも知れませんね。

 

☆ メロディーと和声の様子 Cメロ~ラストサビ

間奏後のCメロ、つまり歌詞の「ただいまとスプーンに話しても・・・」のところは、主人公が自分と対話しているシーンです。しかもタイトルの「スプーン」が初めて登場するところです。
この曲のテーマである家族の大切さに主人公が気づく、とても大事な場面です。

アレンジ的には、ドラミングがキックの4つ打ちにスネアを叩かないことで、スピード感を維持したままダイナミクスを下げ、ギターやベースも8ビートを刻まずに白玉(全音で音をのばす意味)で演奏することで、このセクションの世界観を伝えています。
コードもonコード(=分数コード、変則的なベース音による和音)の多用で心象世界を表現しています。

その後、重要な「幸せに気づく」というイメージを表現するため、クレッシェンドでエネルギーが爆発していき、最後のサビに繋がっていきます。
歌詞の世界と連動して、Aメロやサビという曲の基本要素に鮮やかさを加える、見事な展開部分です。

 

最後のサビのラストにはさらに、《「あたりまえ」という「しあわせ」を大事にしよう》という、主人公が辿り着いた結論を加えて終わります。
音楽的には、その部分を印象的にしてきちんと伝えるために、あえて他のサビとはコード進行を変えています。

 

☆ 「スプーン」以外にも・・・

藍坊主は、この「スプーン」が収録されたアルバム『ハナミドリ』以外も、インディーズ盤を含め7つのオリジナルアルバムと2つのミニアルバム、ベスト盤などをリリースしています。

それらの中には「鞄の中、心の中」「名前の無い色」「宇宙が広がるスピードで」「伝言」「向日葵」など、素晴らしい作品がたくさんあります。

また、藤森真一はその作曲能力を評価され、関ジャニ∞の「宇宙に行ったライオン」や水樹奈々のシングル「エデン」といった作品も手がけています。

 

今回はご紹介した「スプーン」は、名曲でありながら、シンプルなロックバンドならではの、4人のエネルギーがひとつになった荒削りな音や演奏も
作品の魅力のポイントです。
曲の成り立ちを便宜上ピアノで解説しましたが、良かったらぜひ藍坊主の実際の音源を聴いて、そのエネルギーの素晴らしさを体験してみて下さい。

 

 


 

【著者プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時 バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “ 音の謎 ” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX (現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。
‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony) や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS) 、BLEACHのキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書「すべての始まり」や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス『ソニアカ』の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

FB(Fan Page) : https://www.facebook.com/tsudanaoshi
Twitter : @tsudanaoshi
ニコニコチャンネル:http://ch.nicovideo.jp/tsudanaoshi

ツダミア Official Site:http://tsudamia.jp

 

moraで 津田直士の音楽を聴くことができます。

・プロデューサーとして作曲・編曲・ピアノを手がけた
DSD専門自主レーベル”Onebitious Records” 『あなたの人生を映画に・・・』
https://mora.jp/package/43200001/OBXX00001B00Z/

・プロデュースを手がける
mora Factory アーティストShiho Rainbow の『虹の世界』『Real』『星空』
https://mora.jp/artist/425346/all